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2016-08-31

横丁のメランコリー第6話-壁に猫有り、名前はめあり-

ここは大阪千林。下町風情が今に息づく横丁。そっと耳を澄ませば聞こえてくるはず。不機嫌な気まぐれものたちの呟きが。「ひとりが好きなわけやないけど、だれかと一緒もきゅうくつ」俗世の垢にまみれ日々あくせくする横丁の住人たちをよそに、日がな一日ごーろごろ。退屈しのぎにぶーらぶら。そんな猫たちのお気楽な横丁暮らしを見るにつけ、物憂さなんてどこへやら。「喜びも悲しみもつかの間。のんびりいこや。生きるってメランコリーにあふれてるんやから」

⑥横丁のメランコリー

折れ脚式のちゃぶ台を運び入れ、テーブルクロス代わりに風呂敷を広げると、さながら昭和のままごとごっこ。

「主夫かて、たまには出来合いのもんで手抜きするよって」

といいつつも、その手際の良さときたらベテラン主婦の域。千林で調達してきたお惣菜を大皿に盛り、ふたり分の箸に箸置き、ナプキン、取り皿取りそろえ、あっという間に夕げの支度がととのう。

「わぁ、お誕生日会みたい」

「まあ、こいつの誕生日会みたいなもんやな」

伯父さんは子猫を片手で抱き上げると膝の上にのせる。たらふく喰ってご満悦の子猫は、伯父さんのお膝でゴロゴロ喉を鳴らす。

「お前、もう飲めたっけ?」

「うん」

伯父さんは珠子にキンキンに冷えた缶ビールを差し出す。

「珠子の引越祝いと、こいつの誕生日に」

ふたりは申し合わせたかのごとくプシュッと缶のふたを開けると、ささやかな祝杯を挙げる。

「乾杯」

空きっ腹にビールの泡が染み渡る。

「ぷはぁ。生き返った!」

伯父さんのリアクションときたら、定番中も定番、定番なること瘋癲(ふうてん)の寅さんのごとし。あまりの直球どストライクの定番っぷりにドン引きの珠子。

「何やねん。どうせおっさんや思てんねやろ。そうや、所詮おれはおっさんや。おっさんの中のおっさんや。キングオブおっさんや」

珠子は当たり障りのないようそれとなくスルーする。

「この鶏の唐揚げ、めっちゃおいしい」

「旨いやろ。これは鳥清さんとこのや。千林公園ちょこっと入ったとこ、パチンコ店の前の鶏肉専門店。店先で揚げてるからいつでも出来たてあつあつや。鶏肉もさることながら、ここの唐揚げの衣は独特でな、よそとは一線を画してる。昨今流行の唐揚げの衣ゆうたら、竜田揚げみたいなサクサク衣が相場やけれども、ここのはドロッと粘りけのある衣なんや。昔っからずっとこのスタイルを貫き通してる。この衣はな、フランスの揚げ料理ベニエに通じるもんがあってな。けど、外国のフライにありがちな油でギトギトなんてことはまったくなくて、油ぎれがさっぱりしててカリカリサクサクやろ。しかも冷めてもこのカリッサクッが持続して、お弁当にももってこいなんや。で、この衣に包まれた鶏肉と来たらまるで蒸し鶏みたいにジューシー。お前知ってるか。ほんまもんの揚げ料理って言うのは揚げ衣に包まれた蒸し料理とも言えるんやで」

伯父さんは料理となるとかなりうるさい。正直くどい。時にくどいを通り越してうざいことも。

「おいしければいいんじゃないの」

珠子はほこほこと口いっぱいに鶏の唐揚げを頬張る。

「それはそうと、猫ちゃんの名前何にしよ?」

「猫の名前ゆうたら、そら“たま”に限るやろ」

「何よ!」

「そう言えばお前もたまやったなぁ。そんなら“たまいち”、“たまに”や」

伯父さんは子猫と珠子を順に指さす。

「何で猫が“たまいち”で、わたしが“たまに”なの!」

「ほんならお前は“たまいち”やったらええねんな」

「もう、“たま”は却下!」

ふくれっ面の珠子に大笑いする伯父さん。

ひとしきり笑い終えると、伯父さんは大きくため息をつく。

「それにしても…」

ふたりは、穴ぼこだらけになった部屋の壁をあらためて見上げる。

憮然とするふたりをよそに、子猫は伯父さんのお膝でうつらうつらと夢の中。

と、伯父さんがぽつりとつぶやく。

「壁に猫あり」

「名前はめあり」

珠子はすかさず合いの手を入れる。

ふたりは顔を見合わせる。

こうして、子猫の名前はめありに決まった。

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